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伊勢住宅本社のある高師浜の歴史

伊勢住宅本社事務所がある高石市高師浜。今回は歴史ある高師浜について、ご紹介いたします。

古くから邸宅街として栄え、子育てに力を入れている街

高石市が位置するのは、大阪府の中南部、堺市の東のあたりになります。難波にも、関西空港にもアクセスしやすい交通の便の良さと、「子育てするなら、高石市」のキャッチフレーズのもと、市を挙げて取り組んでいる子育てのしやすさが魅力となっています。

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高石市にある高師浜(たかしのはま)は、『日本書紀』にも記述がある歴史ある場所です。白砂青松の景勝地として知られ、『万葉集』や『古今和歌集』『金葉和歌集』でも歌が詠まれています。

(注:白砂青松とは→海岸の美しい景観の形容。白い砂浜と青々とした松林の続く海岸線の意から)

江戸時代には、大阪と和歌山を結ぶ紀州街道(住吉道)が通り、参勤交代では紀州藩がこの道を利用していました。大正時代になると、高師浜は「東洋一の海水浴場」とたたえられるほどの人気を集め、多くの海水浴客でにぎわったそうです。

『大伴の 高師の浜の 松が根を 枕き寝れど 家し偲はゆ』

この歌は持統天皇に随行した置始東人が詠んだものです。「松が根」は高師浜の女性だと言われています。「美しい高師浜の松の根、この松の根を枕にして寝ていても、やはり自分の家のことを思い出すなぁ」との意味だそうです。

古代以来、その美しさがたたえられた高師浜一帯は、大正時代以降、高級住宅地として開発されるとともに、大阪郊外の行楽地としても発展しました。

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高師浜駅について

南海高師浜線『高師浜駅』。大正7年に羽衣~伽羅橋の一駅間が開通し、翌8年に高師浜までの全線1.5キロが開通しました。終着の高師浜駅は大正8年の建物です。入口の窓がステンドグラスになっている洋風建築で、波間に漂う千鳥が描かれています。大正期のモダン建築の素晴らしさを伝える駅舎であります。

この駅舎は、一時消滅の危機がありました。昭和45年に高師浜線が高架化された際、解体・改築が検討されたんです。しかし、地元の方々の熱意と南海電鉄の理解によって保存されることになりました。昭和30年代以降海岸が埋め立てられ、海ははるか遠くになってしまいましたが、戦前の高師浜の風景を伝える貴重な駅舎であります。

駅を降りて西へすぐのところに「大阪府立臨海スポーツセンター(りんスポ)」があり、大会などがある日は駅も大変賑わっていました。しかし、2021年5月22日から3年間運休し、高架工事がスタート。鉄道輸送が再開される3年後、駅舎がどのように変化しているのか、市民は楽しみに待っています。